糖尿病の新薬登場!(2010年1月)
この度、10年ぶりに新しい種類の糖尿病薬が使用できるようになりました。巧妙な仕組みでインスリンの分泌を促進するなどして血糖を下げる薬です。インスリンの分泌能力が低い日本人にとっては救いの薬となる可能性があります。
インスリン分泌の仕組み
インスリンは膵臓のランゲルハンス島にあるベータ(β)細胞から分泌されます。このインスリン分泌は直接的にはブドウ糖によって刺激されます。1964年、ブドウ糖を注射したときと口から飲んだ時を比べると、口からブドウ糖を飲んだときの方が、インスリンがたくさん分泌されることが報告されました。同じ量のブドウ糖でも、胃腸を通る場合と通らない場合で、インスリン分泌刺激能力に差があるのです。このことなどから、腸から何らかの物質が分泌され、この物質が膵臓に作用しインスリンの分泌を増加させることが判明しました。
インクレチンとは
1970年代に、GIPと呼ばれる物質(ホルモン)が十二指腸〜小腸上部から分泌され、膵臓でインスリン分泌を促進することが、また、1980年代になり、GLP−1と呼ばれる物質(ホルモン)が小腸下部〜結腸から分泌され、やはり、インスリン分泌を促進することが見いだされました。この二つのホルモン(GIP、GLP−1)を総称してインクレチン(インスリン分泌促進物質の意味)と呼びます。
これらのインクレチンは食べ物が腸に入ると血液中に分泌され、膵臓に到達し、インスリン分泌を促進させます。ただ、その後、DPP-4と呼ばれる分解酵素によって数分で分解され、消えてしまいます。このようにインクレチンによりインスリン分泌が細やかに調節される仕組みになっています。また、このインクレチンはブドウ糖のインスリン分泌刺激作用を強めるように働きますので、血糖(血液中のブドウ糖)が上昇している間だけインスリン分泌を促進します。血糖値が低下すると膵臓ランゲルハンス島のβ細胞自体がインクレチンに反応しなくなってしまいます。
1993年糖尿病の患者さんにGIPやGLP−1を投与すると、GIPでは、なぜか、ほとんどインスリン分泌が促進されないけれど、GLP−1ではインスリンが増加し血糖が低下することが見いだされました。以後、このGLP−1を糖尿病の薬として利用する研究がさまざまなグループによって先を争うように行われました。
インクレチンの作用
ここでは糖尿病の治療に応用されるGLP-1の働きについて説明します。先に述べたようにGLP-1は血糖が70〜80mg/dl以上の時にインスリンの分泌を促進しますが、これ以下の場合にはインスリン分泌は増加せず、血糖を必要以上に下げることはありません。また、動物実験ではインスリンを分泌する膵臓のβ細胞の数を増やすことも知られています。体内には、インスリンとは逆に、血糖を上昇させるグルカゴンというホルモンがあり、飢餓状態の時などに血糖が下がりすぎないように働いています。ただ、糖尿病の患者さんでは、血糖が高いにもかかわらずグルカゴンが働いていることがあります。GLP-1はこのグルカゴンの分泌を減らす効果も持っていて、糖尿病の治療には好都合です。なお、何らかの原因で明らかな低血糖になった際には、GLP-1のグルカゴン分泌抑制作用は消えてしまいますので、心配ありません。
GLP-1は膵臓以外にも働きます。脳には食欲中枢と呼ばれる部位があり、脳のこの部分が働くと食欲が増し、実際に、食べるという行動をとるようになります。GLP-1はこの食欲中枢の働きを抑えてくれ、食欲が低下します。また、GLP-1は脳を介して胃の動きをおさえ、消化をゆっくりにしてくれます。この作用も、食後の急激な血糖上昇を押さえることに役立っています。また、肝臓にも作用し、肝臓が血液中のブドウ糖を取り込むことを促進させます。さらに、動物実験では肝臓に脂肪がたまった状態である脂肪肝を改善させることもわかっています。また、筋肉や脂肪細胞でもブドウ糖の取り込みを促進させます。
GLP-1は心臓にも作用し、その収縮力を増強します。実際、心臓の働きが低下した患者さんにGLP-1を投与すると、心臓の機能が改善することが知られています。また、狭心症や心筋梗塞は心臓への血流が低下して発症する病気ですが、GLP-1をこのような患者さんに投与すると、血流低下による心臓のダメージを軽減し、心機能が改善することが報告されています。さらに糖尿病患者さんでは全身の血管内面の機能が低下し、動脈硬化などになりやすい状態になっていますが、GLP-1は血管内面の機能を改善させると報告されています。
インクレチンを利用した薬
インクレチンは血糖が上がっているときだけインスリン分泌を促進するため、低血糖の心配がなく、糖尿病治療薬としては望ましい性質を持っています。米国南西部の砂漠地帯に生息するアメリカオオトカゲの唾液からヒトのGLP−1に似た物質エキセンジン4が発見され、これをヒトに注射するとGLP-1と同じ効果をもたらすことが判明しました。エキセンジン4はGLP-1の分解酵素であるDPP-4では分解されにくく、作用が5〜7時間持続します。2005年米国でエキセンジン4(別名エキセナチド)が糖尿病治療薬として認可され、以後、世界60カ国以上で1日2回の注射薬として使用されています。エキセナチドは比較的効果が強く、HbA1cを0.8〜1.2%程度低下させます。また、食欲を抑える効果も強いためか、体重が2〜4kg程度低下します。ただ、胃の動きを抑える効果が強いためか、胃もたれ、吐き気の副作用が10〜50%の患者さんで出現します。従って、使用に当たっては、少量からはじめ徐々に増量していく必要があります。また、因果関係ははっきりしませんが、この注射薬を使用している患者さんで、まれに膵炎が起きる場合があり、注意が必要とされています。また、この薬に手を加え、週に1回の注射で済む製剤も開発されています。
さらに、GLP-1自体に手を加えることによりDPP-4で分解されにくくし、1日1回の注射ですむ薬(リラグルチド、商品名ビクトーザ)も開発されており、HbA1cを0.8〜1.8%低下させることができます。この薬は比較的吐き気の副作用が少なく、2010年に米国やわが国で使用できるようになる予定です。
先ほどから述べているように、体内のGLP-1はすぐにDPP-4という分解酵素で壊されてしまいます。したがって、このDPP-4の働きを邪魔してやれば、GLP-1の分解を防ぎ、GLP-1を増やすことができます。そこで、DPP-4の作用を阻害する物質が開発され、2006年米国で飲み薬として使用が開始されました。この薬(シタグリプチン、商品名ジャヌビア)は1日1回の服用でHbA1cを0.6〜1%程度低下させます。体重はあまり変化せず、エキセナチドに認められた吐き気などの副作用もありません。既に世界85カ国以上で使用されており、わが国でも2009年12月11日から処方できるようになりました。さらに2010年には同様の作用を持ったビルダグリプチン(商品名エクア)、アログリプチン(商品名ネシーナ)という薬もわが国で処方ができるようになります。
糖尿病治療の目的
糖尿病治療の最終目的は、患者さんにあまりつらい思いをさせることなく、血糖を下げることなどによって合併症を防ぎ、元気に長生きしていただくことだと思います。低血糖になると、ご本人がいやな思いをするだけでなく、心臓発作などが増加したりする可能性があります。この点、インクレチンを応用した薬は、それ単独では低血糖を起こすことがなく、望ましい薬といえます。特に、白人に比べてインスリン分泌が少ない日本人では、自然な形でインスリン分泌を増加させるインクレチン関連薬は効果が期待されます。
糖尿病は、残念ながら、時間の経過とともに膵臓のインスリン分泌(β)細胞が減少していく病気です。現在までの治療薬では、徐々に薬の量を増加させたり、また、インスリン注射を併用していくなどしていっても長期的に良い血糖コントロールを保つことが困難なことが多い病気です。この点の解決策としては、あえて早期にインスリン治療を開始しβ細胞への負担を軽くしてやると、長期的なβ細胞の減少を防ぐことができることが証明されています。さらに、今回使用できるようになったGLP-1関連薬はβ細胞を増加させる効果が期待されており、早期のインスリン治療に次いで、患者さんに長期的なメリットをもたらす可能性があるものとして期待されています。また、心臓の保護作用なども持っていることから、糖尿病の合併症である狭心症や心筋梗塞にもよい影響を与えることも期待されています。
しかしながら、これらの薬は2005年以降に使用が開始されたばかりで、10年20年と使用した際に、本当に患者さんが元気で長生きできるかどうかは不明といわざるを得ません。長期使用による思わぬ副作用が出ないかどうか、慎重に見極め、また、情報を収集しながら使用していくことが重要と思います。
日本の医療
わが国の国民医療費は、先進国の集まりであるOECD(経済協力開発機構)加盟30カ国中21位と、先進国の中では低い方で、医療に十分なお金が費やされているとはいえません。また、海外で広く使用されている薬も国内で承認を受けるには、審査するシステムの遅れや人員の不足などから、数年かかるのが現状です。この中で、インクレチン関連薬は比較的早く国内での使用が開始される薬です。ただ、日本人に副作用が出現しやすいという可能性は、完全には、否定できないとして、国内での使用開始後1年間は一回に14日分しか処方ができない規則になっています。この点をご理解いただいた上で、医学的に妥当と考えられる患者さんには、処方が可能です。
どのような薬が開発されても、2型糖尿病治療の基本が食事療法と運動療法であることは、今後とも変わることはありません。今年もよろしくお願いします。