母体の甲状腺機能低下に起因する子の知能低下 (99年9月)



  世界中で最も権威のある医学専門誌の一つNew England Journal of Medicine 8月19日号に妊婦の甲状腺機能低下が子供の知能低下をもたらすという研究結果が報告されました。



  複数の米国の医療機関の共同研究ですが、1987年から90年に分娩した25216人の妊婦の血液検査を行い、明らかな甲状腺機能低下症と考えられる62人の妊婦から出生した子供62人(調査時点で7−9歳)に知能テストを行い、甲状腺機能が正常であった妊婦から生まれた子供124人と比較しました。IQテストの結果では甲状腺機能低下症の妊婦から出生した子供は平均で4ポイントIQが低く、このうちで15%の子供はIQが85以下でした。特に、妊娠中にまったく甲状腺に関して治療を受けなかった妊婦から生まれた子供はIQが平均7ポイント低く、19%がIQ85以下であったとのことです。

 この研究が発表されるまでは、母体の甲状腺機能低下が子供の知能発達に悪影響をもたらすことが推定されてはいましたが、必ずしも確実視されてはいませんでした。今回の大規模な研究でこのことがはっきりと証明されたと考えられます。甲状腺ホルモンは脳の発達に欠くことができないものですが、胎児に必要な甲状腺ホルモンは妊娠末期までほとんど母体側から供給されます。このことから考えると今回の研究結果は当然のこととも考えられます。
 出生後、新生児に必要な甲状腺ホルモンは当然新生児自体でまかなわなければなりませんので、この時期に新生児が甲状腺機能低下症であれば脳の発達が障害されてしまいます。これを防ぐためには新生児期に甲状腺機能検査を行い、新生児の甲状腺機能低下症を早期に診断し治療を開始すればよいわけです。わが国では、世界に先駆けて新生児期の甲状腺機能検査を開始しており、現在では原則的に全新生児がこの検査を受けています。

 今回この検査を母体側にも前倒ししたほうが良いとする研究結果が出されたことになります。これを受けて、米国内分泌学会(といっても全世界80カ国に10000人以上の会員を擁し、小生もその一員)では緊急声明を発表し、ワシントンポストなどでも取り上げられ、社会的な話題となっています。なお、甲状腺機能低下症は妊娠可能な年齢の女性の1−3%程度におこる比較的頻度の高い病気で、ほとんどの場合橋本病(慢性甲状腺炎)が原因となっています。

 とりあえず、過去に甲状腺の病気をしたことがある方、前回の分娩後に体調が悪かった方(多くの方が甲状腺の異常です)、家系内に甲状腺疾患の患者さんがいる方、高コレステロール血症などの甲状腺機能低下症を疑わせる異常がある方などは、妊娠前、あるいは、妊娠がわかった早期に甲状腺機能検査を受けるようお勧めします。

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