1999年2月17日付で、世界保健機構(WHO)と国際高血圧学会が共同で全世界に向けて新しい高血圧の治療指針を発表しました。その一部を翻訳しましたので、以下にご紹介します。前回の指針は1993年に発表されましたが、その後6年間の研究成果を取り入れて、日本を含む世界中の高血圧研究者が集まり、知恵を絞って改定したものです。(原文はhttp://www.who.int/ncd/cvd/HT-Guide.html) 既に、新聞等でご覧になられた方もおられると思いますが、今回の改定で高血圧治療の目標値が140/90 mmHg未満から、130/85 mmHg未満に下げられました(若、中年者、および糖尿病合併者)。また、家庭血圧や白衣高血圧についても述べられています。
1はじめに
高血圧は脳卒中や心臓病の最大の原因の一つで、血圧を下げることでこれらの病気を予防することができます。しかし、高血圧の患者さんで実際に適切な治療を受け、十分に血圧が低下している方は先進国でも6-30%程度に過ぎません。今回の改定治療指針が各国の診療現場で受け入れられ、患者さんが適切な治療を受けられることを強く希望します。
2脳卒中や心臓病の原因(危険因子)
高血圧は脳卒中や心臓病の原因の一つであり、治療で脳卒中や心臓病を防ぐことができます。例えば、拡張期(最小)血圧を5 mmHg下げることで、脳卒中の発症を35-40%減らすことができます。なお、脳卒中や心臓病発症の危険性は血圧だけで決まるものではなく、年齢、性別、糖尿病の有無、コレステロールや中性脂肪の異常の有無、肥満の有無、アルコール摂取量、運動量、喫煙などによっても大いに影響されます。したがって、血圧値だけでなく、これらの危険因子の有無も考えに入れて、治療しなければなりません。
3降圧薬の効果
利尿薬やベータ遮断薬などの降圧薬で拡張期血圧を5-6 mmHg下げると、脳卒中の発症は38%低下しますし、心臓病の発生は16%低下します。また、同様にこれらの疾患による死亡率も低下します。
4医療機関での診療
1) 血圧測定
通常、医療機関では、数分間座った後の状態で血圧を測定します。血圧は変動が大きいので、日を変えて数回測定する必要があります。また、家庭血圧や24時間血圧では医療機関での測定より、収縮期(上の血圧)で10-15
mmHg、拡張期(下の血圧)で5-10 mmHg程度低く出るのが普通です。したがって、家庭では125/80
mmHgが診療所での測定値140/90 mmHgに相当すると考えられます。また、いわゆる白衣高血圧(医療機関だけでの高血圧)は家庭血圧が125/80
mmHg以下の場合のみを指します。白衣高血圧を治療すべきかどうかは各症例の脳卒中や心臓病の危険性の程度によって判定されるべきですが、治療しない場合にも、放置せずに慎重に経過を観察するべきです。
血圧値による分類 (医療機関での測定)
収縮期(最大)血圧 | 拡張期(最小)血圧 | |
理想 | 120未満 | 80未満 |
正常 | 130未満 | 85未満 |
正常高値 | 130-139 | 85-89 |
軽症高血圧 | 140-159 | 90-99 |
中等症高血圧 | 160-179 | 100-109 |
重症高血圧 | 180以上 | 110以上 |
2) 検査
尿検査、血液検査、心電図、胸部レントゲン、眼底検査に加えて、必要があれば、心臓超音波検査、頸動脈超音波検査、腎臓超音波検査などを施行すべきです。
3) 患者さんの分類
血圧以外の危険因子
年齢: 男性55歳以上、女性65歳以上
喫煙 高コレステロール血症 低HDL血症 糖尿病 糖尿病で尿中微量アルブミン高値 境界型耐糖能異常 肥満 運動不足 若年発症の脳卒中・心臓病の家族歴 など |
患者さんの危険度分類
血圧 140-159/90-99 mmHg (軽症) | 血圧 160-179/100-109 mmHg (中等症) | 血圧 180-/110- mmHg (重症) | |
他の危険因子なし | 低危険度 | 中危険度 | 高危険度 |
1-2個の危険因子あり | 中危険度 | 中危険度 | 超高危険度 |
3個以上の危険因子あり
または、臓器障害あるいは糖尿病あり |
高危険度 | 高危険度 | 超高危険度 |
臨床的脳血管疾患、心臓疾患、末梢血管疾患、腎疾患あり | 超高危険度 | 超高危険度 | 超高危険度 |
低危険度患者 (今後10年以内に脳卒中や心臓病になる危険性が15%以下): 男54歳以下、女64歳以下で軽症高血圧、かつ上記の危険因子なし。
中危険度患者 (今後10年以内に脳卒中や心臓病になる危険性が15-20%): 軽症高血圧で、1-2個の危険因子あり。中等症高血圧で、0-2個の危険因子。(ほとんどの患者さんが相当)
高危険度患者 (今後10年以内に脳卒中や心臓病になる危険性が20-30%):軽症ないし中等症高血圧で3個以上の危険因子、または、糖尿病あるいは心臓・血管・腎臓などの臓器障害あり。重症高血圧で危険因子なし。
超高危険度患者 (今後10年以内に脳卒中や心臓病になる危険性が30%以上 ): 重症高血圧で1個以上のリスクあり。または、血圧値にかかわらず、臨床的な脳・心臓・血管疾患または腎疾患あり。
5治療
1) 目標: 若年者、中年者および糖尿病患者では130/85 mmHg未満。高齢者では140/90 mmHg未満。なお、家庭血圧はこれより10-15/5-10 mmHg程度低く保つ必要があります。
2) 生活療法
禁煙(最も重要)、減量、過度のアルコール摂取を制限、減塩(6g以下)、野菜・果物・魚の摂取、脂肪摂取の制限、運動(速歩・水泳など30-45分、週に3-4回)、ストレス発散
3) 薬物療法
高および超高危険度患者では2-3日以内に血圧値を再確認し、直ちに薬物療法を開始します。
中危険度患者では、3-6ヶ月以内に血圧が140/90
mmHg未満に低下しなければ、薬物療法を開始します。
低危険度患者では、6ヶ月-1年以内に血圧が150/95 mmHg未満に低下しなければ薬物療法を開始します。
なお、糖尿病あるいは腎機能低下を有する血圧130-139/85-89 mmHgの症例は、早期に薬物療法を開始します。
高血圧の治療は生涯にわたるものであるため、患者さんが途中で治療を放棄することのないように患者さんと医師の間に良好な関係を作らなければなりません。患者さんが治療を継続するためには、薬剤師による薬とその副作用に関する説明や、看護婦や栄養士などによる患者さんのサポートも重要です。また、家庭血圧の測定や家族ぐるみでの治療への参加なども有用です。
なお、この治療指針では80歳以上の超高齢者に関してはデータが不足しているとして、詳細は述べられていません。