高血圧治療ガイドライン2009 2009年3月1日)

 

 

本年1月16日、小生も所属する日本高血圧学会から新しい治療ガイドラインが発表されました。前回の2004年から5年間のわが国や海外での知見を基に改訂されたものです。なお、当院でも若干名の方が臨床研究にご参加いただき貴重なデータを提供していただいております。このような方々のおかげで新しい診療指診が作成されることになりました。この場を借りて心から御礼申し上げます。

 

血圧の測定と評価

わが国や欧米での調査から血圧が110−115/70−75 mmHgより上で血圧の上昇とともに直線的に心血管病のリスクが増加することが示されています。しかしながら医療においては一定の基準を設けざるを得ず、血圧値の分類では、従来通り診察室で測定した場合140/90mmHgのいずれかの値を上回った際に高血圧とする定義が継承されています。なお、至適血圧は年齢を問わず120/80 mmHg未満とされ、こちらも従来と変更はありません。ただ、今回の改訂では、数々の研究で脳卒中や心筋梗塞の発症予測、さらには患者さんの寿命の推測において診察室血圧より家庭血圧の方が優れていることが示されたため、なるべく家庭血圧を基に診療を行うことが求められるようになりました。家庭での測定に際しては同じ時に1〜3回程度測定し、複数回測定したならその全ての値を記録するように求められています。また、数多くの研究から家庭血圧は診察室血圧より5mmHg程度低くなることが分かっています。したがって家庭血圧では、135/85 mmHg以上の場合高血圧と診断されます。なお、以下の文章中の血圧値は特に断らない限り診察室血圧を意味しています。

心血管病は血圧だけが原因ではなく、糖尿病、メタボリックシンドローム、コレステロールや中性脂肪などの脂質異常症、肥満、喫煙、加齢なども原因となることが分かっています。したがって、診療においてはこれらを総合的に判断し治療するように求められています。たとえば心血管病を容易に発症する糖尿病の患者さんでは、血圧が130/80 mmHgを上回る場合には生活習慣の改善とともに直ちに降圧薬を投与するよう求められており、実際にそうすることで患者さんの余病発症を防止することができると数々の研究で証明されています。

また、臓器の障害の程度を調べるため、頭部MRI検査、眼底検査、頸動脈超音波検査、心電図、心エコー、尿検査、四肢の脈波伝搬速度(PWV)検査などを行うよう求められています。

 

生活習慣の改善

数々の研究において1日塩分摂取量を制限することで血圧が低下することが示されており、実際1日の塩分摂取を1g減少させると平均的に血圧が1mmHg低下することが分かっています。わが国を含め多数の国々で高血圧の治療に際しては塩分摂取を1日6g未満にするよう指示されています。また、腎障害のない患者さんでは野菜や適量の果物でカリウムを摂取するよう勧められています。また、魚油の摂取により血圧が低下することが証明されています。さらに、わが国や海外でも魚の摂取量が多い人は心筋梗塞の発症が少ないことも知られています。ただ、近年、魚には水銀が含まれるようになっており、マグロ、ブリ、カツオなど水銀含有量の多い魚を妊婦、小児、妊娠可能な女性が大量に摂取することは勧められません。

テキスト ボックス: 血圧の目標

他に病気のある方(75歳以上の方はプラス10?)
 糖尿病		130/80未満
 腎障害		130/80未満
 心筋梗塞後		130/80未満

上記以外の方
 65歳未満		130/85未満
 65歳以上		140/90未満
 (75歳以上?		150/90未満?)

ただし家庭血圧はいずれも上記より5mmHg下が目標
コレステロールや動物性脂肪の過剰摂取は動脈硬化を促進させるため、摂取量を制限する必要があります。内臓脂肪の蓄積は血圧、血糖、中性脂肪の上昇につながりますので、腹囲、体重に注意が必要です。運動の降圧効果も証明されています。また、6万人を16年間追跡調査した結果、運動量が少ないほど死亡率が高くなることが分かりました。ウオーキングなどの有酸素運動が適切とされていますが、心血管病のある患者さんや、糖尿病や脂質異常症をともない心血管病のリスクが高い患者さんでは事前に心電図などのチェックが必要です。毎日30分以上を目標に行いますが、少なくとも10分以上の運動であれば合計して30分以上で目標を達成できたとしてもよいとされています(米国スポーツ医学会および米国心臓学会)。長期にわたる飲酒が血圧上昇の原因になることはわが国でも証明されています。男性は1日に日本酒1合以内程度、女性はこの半量程度にとどめてください。寒冷が血圧を上げ、冬季に血圧が上昇することはよく知られています。トイレ、脱衣場、浴室などの暖房に留意してください。

 

高血圧の薬

患者さんの心血管病発症のリスクに応じ、服薬開始のタイミングが決められています。糖尿病や腎臓障害がある方、また、既に脳、心臓、血管などに障害がある方は130/80 mmHg以上の場合、直ちに服薬を開始することが求められています。他にリスクが全くない方でも3ヶ月以内に140/90 mmHgを下回らなければ降圧薬を開始します。

現在では性質の異なるさまざま降圧薬が使用できるようになっています。アンギオテンシン受容体拮抗薬やアンギオテンシン変換酵素阻害薬と呼ばれる薬は血管を拡張させるとともに心臓、腎臓を守る効果があり、また、血糖値にも若干よい効果があるため、最初に処方されることが多くなっています。また、カルシウム拮抗薬という薬も血管を強制的に拡張させることで血圧低下の効果が早く現れ、最初に処方されることが多い薬です。また、非常に古い薬ですが利尿薬という薬もごく少量(1/4〜1/2錠)の服用で、明らかな副作用が出ることなく、血圧を低下させることができ、特に併用薬としてよく使用されます。この利尿薬は体内の過剰な塩分を尿として排泄させることで血圧を低下させます。服用とともに塩分制限の遵守が重要です。また、ベータ遮断薬は狭心症や心筋梗塞後の患者さんに使用されます。実際には、これらの薬を2種3種と組合さなければ十分に血圧が低下しない患者さんが少なくありません。

 

特殊な高血圧

体質が原因となる一般的な高血圧(本態性高血圧)は一生涯に渡り治療が必要です。一方、体質ではなく、ある種の病気が原因で二次的に血圧が上昇している場合には、原因の病気を治すことができれば、結果として自然に血圧が低下することになり、その時点で高血圧が完治することになります。二次性高血圧の中で、治療が比較的容易なものに腎血管性高血圧と内分泌性高血圧があります。両者とも血圧上昇ホルモンが異常に増加することで高血圧となってしまいます。これらの病気の患者さんでは160/100 mmHg以上の高血圧を示すこともまれでなく注意が必要です。血液検査などで二次性高血圧を疑うことができます。また、まれですが多くの漢方薬に含まれる甘草が副作用として高血圧をきたすことがあります。この場合には血液中のカリウムの低下を伴うことも少なくありません。さらに、鎮痛薬も塩分を体内に貯留させる副作用により、時に、血圧を上昇させることがあります。

 

高齢者の高血圧

現在、医学的には、一般的に65歳以上の方を高齢者と表現しています。高齢者の高血圧には@収縮期(最大)血圧と拡張期(最小)血圧の差が大きい、A血圧が変動しやすい、B立ちくらみや食後の血圧低下が起きやすい、C夜間も血圧が下がりにくい、D明け方に血圧が上昇しやすいなどの特徴が認められます。高齢者では心疾患や脳梗塞、腎障害などの発症リスクが高く、また、ご本人が気づいていなくとも、すでにこれらの臓器障害を発症しておられる方も少なくありません。したがって、高齢者の高血圧は特に慎重に治療する必要があります。一方、このようにリスクが高い高齢者は治療の恩恵も大きく、実際、高齢の高血圧患者さんに降圧薬を服用していただくと、全死亡が12%、脳卒中死が36%、心筋梗塞による死亡が25%減少することが証明されています。ただし、75歳以上の高齢者では、若い方と同様の程度まで血圧を低下させても、それより10mmHg 程度高い値に下げたグループと心血管病の発症率が変わらなかったとする研究結果も少なくありません。また、高齢者は先に述べた漢方薬や鎮痛剤を服用している方が多く、薬の副作用としての高血圧の可能性も忘れてはなりません。

なお、このガイドラインは市販されています。(発行:日本高血圧学会 販売:ライフサイエンス出版03-3664-7900 ¥2200)

 

 

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